河野和洋が現役引退。松井秀喜を高校時代に5打席連続敬遠の歴史に終幕!

松井秀喜さんを高校時代に5打席連続敬遠したことで、当時は時の人になった河野和洋さんが現役を引退していました。

甲子園で松井秀喜選手に5打席連続で敬遠したことで、大バッシングを受けた河野和洋さんですが、11/3放送の「爆報THEフライデー」に出演します。

そんなそんな河野さんの過去や今について調査しました!

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河野和洋が現役引退。





クラブチーム「千葉熱血MAKING」に所属していた河野和洋さんですが、兼任監督として野球を続けていましたが、現役を引退していました。

河野さんは、大学時代の同期の黒田博樹選手と同時期に現役引退していたんですよ。


河野さんですが、明徳義塾のエースとして92年夏の甲子園で星稜・松井秀喜さんを5打席連続敬遠した選手として有名です。

そんな河野さんですが、専修大学で同期だった広島・黒田さんの引退を見て

「体もぼろぼろ。僕もそろそろ…」

と決意したそうです。


常につきまとう、5連続敬遠。

様々な意味で名前の知られた河野さんですが、

いつか松井秀喜さんと再戦するため!

と専修大学に入学して野球を続けプロ入りを目指していましたが、

その夢はかなわず・・・

ちなみに社会人野球チームでの背番号は55番でした。

55番と言えば松井選手の背番号です!

この55番という背番号、実は河野さんが自ら選んでいます。

何か男の友情に感動しています!

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松井秀喜を高校時代に5打席連続敬遠





松井秀喜さんを5連続敬遠した男が、長かった現役生活にピリオドを打っています。

河野さんは、

「当時は大変だったけど、あれがあったからこうやって今もチャリティーで人が集まってくれる」。

とあの時の事を自分でも引きずっていたんですね。

当時は、色々な意味で河野さんの方松井さんより、世間では有名でした。

専修大学で野球を続けるも、プロ入りとはいきませんでしたが、

大学卒業後はヤマハに就職しています。

その後は、アメリカの独立リーグ

サムライ・ベアーズ

で野球を続けています。

この辺りも松井選手を意識していたというか、ホントに再戦したかったことがわかります。

その後も、2008年からは「千葉熱血MAKINGと」いう

千葉県の社会人野球チームの監督兼外野手として

最後の最後まで野球を続けました。



河野さんは5打席連続敬遠した時の話を、

某雑誌のインタビューで話されていました。

インタビューでは、

「敬遠は明徳の監督、馬淵史郎監督が勝つためにやった作戦で、

指示に従ったと話していて、別に恥じることはない」

と話し、

「あの試合でブーイングという言葉を初めて知った」

との事です。

河野さんですが、当時の背番号からわかるように、

本職は外野手だったんですよ。

それで、星稜戦の3日前に馬淵監督から呼び出されて

「星稜戦の先発はお前で行く。松井は相手にしないからな」

と告げられたんだそうです。

試合直前になると、河野さんとキャッチャーが監督から呼ばれて、

「松井を敬遠するが捕手は座ったまま。あくまでもストライクが入らないという演技をしろ。首でも傾げておけばいい」

と作戦が伝えられたそうです。


松井選手の1、2打席は特に問題なく敬遠できたそうですが、

3打席目から観客にバレ、観客から

「勝負しろ!!」の怒号が飛び交いました。

9回最終回、星稜の最後の攻撃で松井選手が5打席目に入るのですが、

これも敬遠だったので、ブーイングも頂点になって、

スタンドからはメガホンや帽子など

がグランドに投げ込まれ、試合は一時中断になりました。

そんな中で、投げ込まれたメガホン等は星稜の野球部員が整理していたのが、

印象に残っています。感動しました。

当時はテレビで観戦していましたが、甲子園全体が異様な空気でしたよ。

河野さんは当時、ブーイングなんかより、監督の方が怖かったと話しています。

どれだけ厳しい監督なんでしょうね。

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河野和洋について



河野さんは結婚しており、息子さんがいます。

長男で、『河野球人』さんといいます。

この名前にもすごく河野さんの野球に対する想いがわかります。

名前の『河野球人』から“河”という字をとると

どんな読み方になりますか??



わかりますか?



『野球人』になりますよね!


そんな球人君ですが、現在、バレーをやっているようです。

河野さんとしては、球人君に野球をやってほしくって直接指導してたんですが、

厳しく指導をしすぎてしまって、

球人君は1週間くらいで、野球を辞めてしまいます。

球人君のバレーの実力ですが、バレエの才能があるようで、大会で賞をとる程の実力です。

9歳の頃にニューヨークで、バレエで全米デビューを果たしています。

その当時、ニューヨークで生活していた松井選手とも対面しているんですよ。





松井選手と河野さんは全くいがみ合っていないというか、

松井選手の人柄がわかりますよね。

河野さんは、松井さんとの再戦を夢に、

プロ野球選手を目指して、

激動の野球人生だったと思います。

一先ずお疲れ様でした!

これからは子供の夢の為に新たな人生を楽しんでくださいね!

それでは、最後まで読んで頂きありがとうございました!

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